「ところで、どうしてこんな事になったんでしょう?」 一通り彼の体を覆う羽毛の柔らかさを堪能した後、ようやく思い出したような表情で八戒が 三蔵にそう尋ねる。 その腕には、しっかりとアヒル化した悟浄を抱き締めたままで。 鳥ゆえ、それほどはっきりした表情というものはその顔に浮かんではこないのだが、元が妖怪 なせいかひしひしと感情は伝わってくる。 不機嫌全開、不満爆発中! …は先程までの感情で、今や既に諦めにも似た疲れにぐったりと首をうなだれている。 「さあな。」 「そうですか。」 ばっさりと三蔵がそう言い捨てれば、八戒もあっさりとそれ以上追及することなく引く。 ──そんな簡単にこの事態を片づけるんじゃねえ!── と悟浄は思わずツッコミを入れかけたが、言葉が通じないこんな状態では、どうせ無駄なだけ だと解っているのでため息をひとつつくだけで終わる。 まあ例え言葉が通じたとしても、なんら変わりがないだろう事も身にしみて解っていたが。 ふいにつんつんと頭をつつかれ、その指の主のことなど無視しようとしたが、わくわくという 音さえ聞こえそうな視線に嫌々ながら顔を上げれば、予想通り悟空の顔がそこにあった。 「ガッ…。」 我ながら実に情けない声だとは思うが、やさぐれた気分の今、じっと好奇心一杯な視線で 見つめられれば、文句のひとつも言いたくなるというものだ。 「なぁ、アヒルになるってどんな感じ?」 キラキラおメメのまま、子供特有の無邪気な…いっそ残酷とも言える問いかけに、悟浄は半眼 のままむくりと首を持ち上げると、その額に向かって思いきりクチバシでひと突きした。 ごつん!という鈍い音と共に、悟空はその場にうずくまってしまう。 「いっ…てぇ!何すんだよ!」 「ガアア!グワッ!」 かなり痛かったのか、目尻に涙を浮かべて悟空がくってかかれば、負けじと悟浄も体中の羽毛 をぶわっと膨らませて盛大にがなる。 「何言ってんのか解んねえよっ!」 「グワワッ!ガガッ!」 解らないといいつつ、つい条件反射でケンカ腰になる悟空に対し、悟浄は容赦のない連続クチ バシ攻撃をその頭にお見舞いする。 「いてえ!いてえってば!」 「ガアァ!」 いつもと勝手が違う攻撃に、悟空が思わずぶんぶんと腕を振り回す。 その拳が悟浄の頭にヒットしそうになった瞬間、すっと八戒が腕の中の悟浄をかばうと軽く 身を屈めて悟空の顔を見ながら言う。 「駄目ですよ、悟空。」 「えっ?なんで?」 柔らかな、しかし諭すようなその口調と内容に、悟空は面食らったような顔で目を大きく見開 いたまま八戒を見上げる。 悟浄もまた訝しげな視線を八戒に向ける。 旅に出てからほとんど日課と化した悟浄と悟空の過激なスキンシップに、八戒がこんな風に 割って入った事などなかったからだ。 まして、年上である悟浄ではなく悟空に諌めるような言葉をかけるなど、考えられなかった。 「ああ、それと三蔵も懐の拳銃、取りださないでくださいね。」 間違って当たったりしたら大変ですから、と言わんばかりの態度でにこりと微笑まれてしまえ ば、三蔵も心の中で舌打ちしながら無言で銃から手を放す。 あと数秒遅かったら、確実に発砲していだろう事が解る。 「ガッ?」 現状が現状とはいえ、予想だにしなかった八戒の行動に、悟浄は訝しげに彼の名を呼べば、 八戒は腕の中にいる悟浄の羽毛をそっと撫でながら言う。 「だって可哀想じゃないですか。こんなに可愛いのに。」 「カワイイ?」 いたく真面目にそう言い放つと、ひっくり返ったような声を上げたまま悟空は固まり、三蔵は 頭痛がするという顔つきで眉間にしわを寄せる。 「ピィ。」 それまで黙って荷物の上にとまっていたジープがふわりと舞い上がると、主人である八戒の肩 に降り、どこか哀しそうな視線で見つめる。 「大丈夫ですよ。ジープも充分可愛いですからね。」 「ピッ!」 優しく微笑みながらその細い首筋を撫でれば、安心したかのようにジープがすりすりと八戒の 頬へ顔をすり寄せる。 それを見ていた悟浄は、はぁあ…と大きなため息を漏らす。 つまり今のこの姿の自分は、どうやら八戒にとってはジープと同レベルのものと認識されてし まったらしい。 そう考えれば、先ほどからやたら撫でられたり庇われたりしているのも納得がいく。 ──そういうのは、俺がこの姿じゃない時にしてくれよな…。── 嬉しくない方面の八戒の愛情を注がれつつある自分の身の上を嘆く悟浄の視界に、あたふたと こっちに走ってくる村民らしき男の姿が入ってきた。 |