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act.2 封じた心の中を暴れてしまう。肉の快楽とともに。 |
煌々と輝く月が、明かりのない部屋の中をその白い光で照らし出す。 黒と白の二色のみで構成された世界はまるで切り絵のようで。 奇妙に平面な空間がそこにあった。 そんな非現実的な世界の中で、動くふたつの影があった。 ひとつの影がもうひとつの影を抱き上げる。 ひどく楽しそうにクスクスと笑いながら、影は腕の中にあるものをそっとベッドの上 へと下ろす。 月の光にまとった影を奪われたふたりは、寸分たがわず同じ容姿を持っていた。 だが、その顔に浮かぶ表情は対照的で。 覆いかぶさる顔は無邪気な笑みを、横たわる顔は苦悶と怒りに彩られていた。 「隠されて…いるものを暴こう…なんて悪趣味です…。」 『どのみち、時間の問題じゃないですか。』 盛られた薬のせいで、思うように手足が動かない八戒がそれでも抗うようにそう言え ば、もうひとりの八戒はさらりとそれを受け流し、ゆっくりと服を脱がせていく。 シャツの下から現れた白い素肌の上を、愛おしむようにほっそりとした指が這う。 項をすっと撫で、そのままきめ細やかな肌の感触を楽しむように胸元へと降りていく 手に、八戒はぞわぞわと寒気のようなものを感じる。 「っつ!やめ…!」 鎖骨のあたりをくすぐるように愛撫する指先に耐えきれず、振り払おうと必死に身を もがいて逃れようとするが、痺れた手足では抵抗らしき抵抗にはならない。 『これはのあの人の指…。愛しいあの人の指。そう思って…?』 淫靡に笑いながら、彼は白い胸の中で唯一色を持つ場所を指先で撫でる。 「くっ!」 ぞくんと背中を走る痺れに似た感覚に、八戒は出しうるかぎりの力を込めてのしかか る体を退けようと膝で蹴りあげる。 が、あっさりとかわされそのままベッドへと押さえつけられてしまう。 『どうして抗うんです?』 なおももがく体の動きを全て封じながら、彼は解らないというように小首を傾げる。 本当に不思議そうな顔つきで。 『無駄ですよ?感じるままに、素直になって?』 きつい視線を向けたままの八戒に、くすりと小さく笑う。 「冗談じゃ…っつ…!」 なおも抗議しようとしたが、ふいにびくんと八戒は体を振るわせてしまう。 彼は指の動きを追うようにして唇をその首筋に這わし始めたからだ。 指先は胸のふたつの彩りを強弱をつけて玩び、唇と舌はそのラインに沿ってまるで 生き物のように這い回る。 「や、やめ…!」 生暖かい、軟体動物のようなものが体を這い回る感触に、ぞくぞくと背中を痺れの ようなものが断続的に走っていく。 それが快楽によるものだと気付いた八戒は、目を見開き必死になって抵抗する。 が、胸の尖りに爪を立てられ、思わず痛みに苦鳴を漏らす。 『ああ、痛かったですか?』 喉の奥で笑いながら、もうひとりの八戒がなだめるかのように舌先でチロチロと爪を 立てた場所を舐めれば、ぷっくりとそれは固く育っていく。 「ふっ…。」 じんじんと痺れるような快楽を、八戒は追い払おうとするように首を振る。 『あの人は貴方を愛してくれると思いますか?愛して欲しいんでしょう? ほら、隠さないで。』 猫が捕まえたネズミを嬲るかのような声音と囁きで、なおも執拗に胸を弄る。 片方の尖りを舌先で転がしながら時折強く吸い上げる。 もう片方は人さし指と親指で強弱をつけ転がすようにして玩ぶ。 「どうし…そんなこ…あなたに言われなきゃ…んん!」 上がり始める息をなんとか整えながら八戒は抗議するが、そんな愛撫に体は敏感に 反応してしまう。 『言ってるでしょう?僕は貴方、貴方は僕だって。』 愛しげに彼は八戒の瞳を見詰めながら、手を少しずつ下げていく。 わき腹のラインに添って手を這わし、傷のある腹部を撫でながらその手は下肢へと 移動する。 『僕は貴方の中で生まれたんです。』 「そんなの…信じ…な…や、やめ!」 どこか脅えが含まれた声で、八戒は必死に身をよじって逃れようとする。 『なぜ疑うんですか?同じ顔、同じ躯。あの人への想いも同じ…。 こんなにもそっくりなのに。』 うっとりと自分の言葉に酔いながら、自分も服を脱ぎ捨て八戒の上に乗りあがる。 触れ合う、同じ温度の体温を感じ、八戒は今度こそすくみ上がった。 「やめ…やめてくだ…。」 震える声を抑えきれずに、八戒は懇願の言葉を口にする。 施される愛撫よりも封印した心の奥底を暴れる事が怖くて、気がつけば体が小刻み に震え出していた。 そこには…誰にも知られてはいけない思いがあるのだ。 特にあの人には絶対に。 もし知られてしまえば自分はここに…側にいられなくなってしまう。 『何も怖れないで。隠さないで。僕を、自分の欲望を認めて…?』 懇願するような口調とは正反対に、彼はその口許に艶冶な微笑みを浮かべると、 愛撫する手を休めることなく八戒の唇に己のそれを重ねようとする。 「やあ…!」 小さな悲鳴を上げて、八戒が顔を背け口付けから逃れる。 重なる体温に互いの境界線までもあいまいになっていく気がして、ただ脅える。 もうひとりの八戒は、子供のように嫌々と首を振る自分の唇に再度口づける。 歯を食いしばり、必死に受け入れることを拒否する八戒に視線だけで笑うと、 弄っていた乳首をキュッと強く抓る。 「…っ!」 その痛みに反射的に大きく呼吸をした瞬間、開いた口にもう一人の八戒が素早く 舌を滑り込ませた。 歯列を割り、逃げる舌を追いかけ絡めとると強く吸い上げる。 「うっ…むう…んあ…。」 呼吸がうまくできない苦しさに、生理的な涙が目尻に浮かぶ。 味わうように彼の舌が口の中を蠢くたび、含みきれない唾液が頬を伝ってシーツに 吸い込まれていく。 どちらのものとも解らなくなった唾液が口の中でいっぱいになり、八戒は呼吸困難に 陥りそうになる。 が、ぴっちりと唇を合わせられた状態では吐き出すことも出来ず、否応無しにそれを 飲み込むことを余儀なくされる。 こくり…と八戒の喉が動き、それを嚥下したのを確認するとようやく満足したのか、 彼はチュッと音を立てて唇を離す。 ハアハアと荒い息をつく八戒を愛おしそうな視線で見つめながら、その口許から 頬へと零れ落ちる唾液を舌先で掬い取る。 『大丈夫。震えないで。僕を受け入れて…。』 優しくなだめるように耳元に囁きながら、その耳たぶを唇でキュとはさむとびくん と八戒の肩が震える。 施される愛撫に敏感に反応する体とは正反対に、その精神(こころ)は触れられる ことを恐れ拒む。 そんなバランスの極端さが、八戒の心を一層不安定にする。 徐々に虚ろになっていくその表情に、もうひとりの八戒は少しだけ表情を曇らせる。 しかし、再びゆっくりと唇を肌に落とすと指先でしこった乳首を弄る。 「う…あ…やっやめ…。」 弱い所を的確に弄られ、びくびくと体を震わせながらも、八戒は首を横に振る。 『嘘つき。したいくせに。…何を捨てても、何を壊してでも本当はあの人が 欲しいくせに。貴方のその欲が僕を生み出したのに…!』 どこか悲痛な叫びと共に、彼は八戒の腹の傷を半ば噛みつくようにして舐め上げる。 「いや…あ…ああ!」 腹部の傷に触れられ、八戒は恐怖とそれを上回る快楽に背中を弓なりに反らせながら 悲鳴を上げる。 急激に上がる体の熱に脅えながらも、徐々に意識がもうろうとし始める。 「あっ…はぁ…う、ご…ごじょ…。」 体の上を這い回る手と舌に翻弄され、無意識のうちに悟浄の名を呼びかけた八戒は はっと目を見開く。 脅えたように自分の口許に右手を当てると、固く瞳を閉じる。 まるで口から何かが零れるのを恐れるかのように。 クスクスクス…。 子供のように無垢な響きを持つ笑い声がその上に降りかかる。 『暴いてあげますよ。貴方が生み出した僕の存在を認めさせてあげます。』 猫科の生き物のようにその両目の翡翠を細めながら、ゆっくりと八戒の中心に指を 絡めると、軽く扱く。 「……!」 強い刺激に八戒はひゅっと息を飲み、背中をしならせる。 が、折り曲げた人さし指の関節をきつく噛みしめたまま、放そうとはしなかった。 与えられる快楽よりも、もっと耐えられないものがあると言わんばかりに。 『くすっ…とても綺麗ですよ。もっともっと乱れて、綺麗になって、あの人に 見せてあげればいい。』 うっとりとした口調で言いながら、分身である彼は横たわる八戒を見つめる。 その体は確かに細いが決して貧弱ではない。 無駄を一切そぎ落とした筋肉がついたラインは、名工が手がけた彫像のようだ。 一歩間違えば作り物めいて見える筈の容姿なのだが、それ故に一度『欲』という 名の花びらを開けば、誰もが惹き付けられずにはおれない芳香を放つ。 陶器のように白い肌は、上気し桜色に染まっている。 散々玩ばれた胸の突起は赤く色づき、あえぐ腹はせわしなく呼吸を繰り返す。 そして、愛撫を受けて起ち上がった彼自身が、さらなる刺激を求めているかのように 震えている。 その姿は、淫らでありながら同時に尊いほどに美しかった。 『ああ…本当に奇麗ですよ。』 無邪気にそんな感想を漏らすとその唇を胸へと落し、唾液の跡を残しながら下肢へと 降りていく。 そして起ち上がり震える八戒の中心を、躊躇いもなく舌先で舐め上げる。 わざとピチャピチャという、まるで子猫がミルクを舐めるかのような濡れた音を立て て煽っていく。 「あっ…ああ…もっ…や…。」 微かに上げる悲鳴が、徐々に泣き声へと変わっていく。 絡みつくような指と舌の動きに、もう何も考えられなくなってしまう。 「ふっ…あ、ご、ごじょ…ごじょう…あっ…ああ!」 限界まで高められたまま緩慢な愛撫を続けられて、八戒は己の口を封じる事さえ忘れ てひたすら助けを請うように悟浄の名を呼ぶ。 『ごじょ…お…。』 そんな八戒の声に合わせるように、彼もその名をうっとりと呟く。 口の中でその甘さを味わうような…蕩けそうな表情で。 『ねえ、逝きたいですか?』 ゆっくりと視線を八戒に戻すと、ふっと笑う。 逝けないように八戒の熱をせき止めたまま、その先端を舌先で抉れば一段と高い声で 八戒が啼く。 「あう…も、もう…。」 耐える術を知らない快楽という名の苦痛に、こくこくと目を閉じたまま八戒は首を 縱に振り、解放を願う。 「ね…おねが…。」 体の中を荒れ狂う熱を持て余し、八戒はすがるように指先をもうひとりの自分の髪に からめ、引っ張る。 『素直ですね。』 ニッコリと満足そうにもうひとりの八戒が微笑む。 『それでいいんです。さあ、逝って!』 そう言いながら口に含むと、きゅっと強く吸い上げながら舌先で嬲り射精を促す。 「ひっ…い…やああああ!」 かつてないほどの強い刺激に、がくがくと震えながら八戒は達してしまった。 |