空飛ぶ絨毯が欲しい

1999年8月12日(木) シヴァス〜コンヤ

carpet


移動開始
日食が終わり、気がかりなことはもう何も無くなりました。 これからは純粋にトルコ観光を満喫できます。
しかし日食の翌日であるこの日は移動日。 シヴァスから次の目的地コンヤまでの500km以上、この旅行中で最も長い距離を、 朝から夕方までバスに揺られて移動します。

bus2 しかも行程の半分以上は行きに通った道を戻るだけ。 焼畑の風景や軍事工場など、日本では普通見られないような風景も見られたのですが、 日食の疲れが出たこともあり、多くの人が午前中は睡眠時間になっていました。

絨毯パフォーマンス
行きの道を逆戻りし、カッパドキアへ戻ってきました。 このあたりは奇岩の他に、トルコ絨毯の生産地としても名が通っています。

昼食後に、私達を乗せたバスも地元の絨毯屋へ寄りました。 もちろんここは日本人が大きなターゲット。 過去の購入者が送ってきた日本語の手紙が壁に貼られ、 信頼と実績をアピールしていました。

carpet-1 店といっても、いきなり商売を始めるのではありません。 トルコ絨毯についてのあれこれを、 説明役の人がまるでガイドさんのように説明していきます。
この説明は、もちろん日本語。 よどみ無く、途切れず、時にジョークを交えての名調子で、 絨毯には大して興味を持っていなかった私も 話に聞き入ってしまいました。

説明はまず、トルコ絨毯の特徴と優れた品質の解説から。
よい糸の材料について、縫い目の細かさの話、品質の見分け方、値段の決まり方など、 実際に糸を紡いだり織ったりするところを見せながらの説明です。

carpet-2 部屋を移り、今度は実際の絨毯を使って解説。 絨毯が次々と床に広げられ、その手触りを比べたり、 上に乗って感触を確かめます。
始めは安い物から、後でだんだんと高い物が出てくるため、 高いものはやはり品質が違う、ということが実感できます。 そんな具合で最後には床一面が絨毯で覆われてしまい、 高級絨毯がまるでゴザの様。
ただし、とても買えるよな値段ではない「お宝」級の絨毯は、 しっかりとディスプレイされて紹介されていました。
「これは商売ではなくトルコの文化の紹介デス」という言葉で始まった説明が、 最後には料金の支払方法が説明になり、 宅配便の宛先ラベルまで持ち出されてきました。
何万円もする高級絨毯の上に乗って感触を確かめると、 気分もなんとなく贅沢になったのでしょうか。 それまであまり興味を示しているようには見えなかった人も買いに走り、 次々と10数件の商談が成立。 あるいは前日の勢いで「皆既日食ハイ」になっていたのかもしれません。

再び西へ
bus3 絨毯屋を出て、きのこ岩とサヨナラしてカッパドキアを離れました。
しばらく進むとようやく初めての道へ出ます。 しかし見えるものは何もなく、ただただ広いだけ。 添乗員さんから出てくる言葉も、「今夜はコンヤ…」というお約束のものばかり。 もし「空飛ぶ絨毯」があれば、コンヤまでひとっ飛びできて楽なのに… というようなことを考えつつ、結局は睡眠時間を稼ぐことになりました。

コンヤ着
konya 太陽が西に傾くころにコンヤ着。都市としての大きさはトルコで一番だとか。 人も車も多い町です
ホテルの目の前にはビルに挟まれたモスクがあり、 日が沈むと祈りの時間を告げる声が流れてきました。

真・トルコ風呂
hamam ここのホテルには「ハマム」というトルコ式の風呂があることを聞き、 話のタネに行ってみました。
風呂場は蒸し風呂で、風呂桶はありません。 ここで「オジさん」に垢すりとマッサージをしてもらいます。
垢すりはざらざらの手袋でこすられ、 これまでシャワーでいいかげんに洗っていただけなので、まさに一皮むけた気分。 石鹸を洗い流すときに、桶でお湯を顔へバシャバシャと思いきりかけられました。
続いて全身に石鹸の泡をかけられてのマッサージ。 見た目はきれいで気持ちよさそうですが、相当力を入れてくるので、 はっきり言って痛い。 オジさんが背中に乗って「サクラ! サクラ! ヤヨイノ…」と唄いながら 首と肩を逸らそうとするので逃れられません。 私は腕にアザができてしまいました。
(後で女性に聞くとそんなに激しいことはされなかったそうなので、 男はぞんざいな扱いをされたらしい)


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