山歩日記「南大菩薩」1/5
2007年4月27日、山梨県・大菩薩峠から南に連なる山地の南部、南大菩薩と呼ばれる尾根を山歩しました。
 
甲州街道から出発点の湯ノ沢峠への入口あたりは、昔は「初鹿野(はじかの)」という地名でしたが、今は甲斐大和となっていました。
 
少しはいると田野という所に武田家終焉の地「景徳院」があります↓→。
信長家康の連合軍に攻められ大月の岩殿城に敗退、城を守る家臣の謀反でそこにもはいれず、引き返して日川渓谷を遡り、この地で自害したということです。
後に甲斐にはいった徳川家康が勝頼の菩提を弔ってこの寺を建てたとのこと。
 
撮影していたら寺の方が来られて、27日が当時の旧暦でいうと自害の命日に当たるのだと教えてくれました。

去年、武田ゆかりの山本勘助の挿絵みたいなものを描いたこともあり、何となく縁を感じて、ついお賽銭をはずんでしまいました。

創建当時からの建物は下の絵の山門だけで、他は焼失などにより再建されたそうです。

上は武田勝頼夫妻と信勝の墓(両脇は殉死者の墓)。
下は辞世の歌碑。


           (右から) 北条夫人 黒髪のみだれたる世ぞ はてしなき思ひに消ゆる露の玉の緒
                 勝 頼 公 おぼろなる月もほのかに雲かすみ はれてゆくえの西の山の端
                 信 勝 公 あだに見よ誰も嵐の桜花 咲きちるほどの春の夜の夢
境内の桜はほぼ終わっていましたが、NHK大河ドラマ「風林火山」の放映中とあって幟旗や観光ポスターなどが賑やかでした。
説明板によれば武田家は八幡太郎義家の弟、新羅三郎義光の後裔だそうで、その「義光吹笙の石」を去年末の金時山山歩で見たので、これも何となくつながりがあるように感じました。