
↑車道が近くなったあたりからの東側の眺め。
四方津駅から北側の丘にかけて、斜めに通路のようなものが中央線の車窓から見えますが、エスカレータか何か動いているのでしょうか。その上が四方津ニュータウンのようです。この辺まで東京西部への通勤圏となったようです。
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「君恋温泉」よりさらに先の下り口まで欲張ったので、車道に出た所は梨の木平から相当離れていて、1時間半くらいの車道歩きとなりました。
この道は旧甲州街道で、道沿いの地区は犬目という宿場だったそうです。今は静かな山村ですが、上右の家などは宿屋という感じがします。
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↑途中の古そうなお寺。石柱に「龍澤山寶勝寺」とあります。左の石の球には大きく「空」と彫ってあります。
上右は一里塚の跡で、日本橋から21里、20番目の塚で、たぶん上に松の木が植えてあったのだろうと説明文にありました。明治34年の中央線の開通まで、旅人が距離を知るためや、馬や人夫を借りる時、料金の算定にも使われたそうです。ここから、隣の百蔵山の下、猿橋を渡り、笹子峠を越えて甲府に出たのですね。
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↑午後の少し霞んだ富士山もなかなか、おもむきがありました。 歩行時間は5時間ほど。
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