宮沢賢治幻燈館
「水仙月の四日」 2/11

 二匹の雪狼(ゆきおいの)が、ぺろぺろまつ赤な舌を吐きながら、象の頭のかたちをした、雪丘の上の方をあるいてゐました。こいつらは人の眼には見えないのですが、一ぺん風に狂ひ出すと、台地のはづれの雪の上から、すぐぼやぼやの雪雲をふんで、空をかけまはりもするのです。

「しゆ、あんまり行つていけないつたら。」雪狼のうしろから白熊の毛皮の三角帽子をあみだにかぶり、顔を苹果(りんご)のやうにかがやかしながら、雪童子(ゆきわらす)がゆつくり歩いて来ました。
雪狼どもは頭をふつてくるりとまはり、またまつ赤な舌を吐いて走りました。
「カシオピイア
 もう水仙が咲き出すぞ
 おまへのガラスの水車(みづぐるま)
 きつきとまはせ。」
 雪童子はまつ青なそらを見あげて見えない星に叫びました。その空からは青びかりが波になつてわくわくと降り、雪狼どもは、ずうつと遠くで焔(ほのほ)のやうに赤い舌をぺろぺろ吐いています。
「しゆ、戻れつたら、しゆ、」雪童子(ゆきわらす)がはねあがるやうにして叱りましたら、いままで雪にくつきり落ちてゐた雪童子の影法師は、ぎらつと白いひかりに変り、狼どもは耳をたてて一さんに戻つてきました。
「アンドロメダ、
 あぜみの花がもう咲くぞ、
 おまへのラムプのアルコホル、
 しゆうしゆと噴かせ」