宮沢賢治幻燈館
「水仙月の四日」 3/11

雪童子は、かぜのやうに象の形の丘にのぼりました。雪には風で介殻(かひがら)のやうなかたがつき、その頂には、一本の大きな栗の木が、美しい黄金(きん)いろのやどりぎのまりをつけて立つてゐました。

「とつといで。」雪童子が丘をのぼりながら云ひますと、一疋の雪狼(ゆきおいの)は、主人の小さな歯のちらつと光るのを見るや、ごむまりのやうにいきなり木にはねあがつて、その赤い実のついた小さな枝を、がちがち囓じりました。木の上でしきりに頸(くび)をまげてゐる雪狼の影法師は、大きく長く丘の雪に落ち、枝はたうとう青い皮と、黄いろの心(しん)とをちぎられて、いまのぼつてきたばかりの雪童子の足もとに落ちました。
「ありがたう。」雪童子(ゆきわらす)はそれをひろひながら、白と藍いろの野はらにたつてゐる、美しい町をはるかにながめました。川がきらきら光つて、停車場からは白い煙もあがつてゐました。雪童子は眼を丘のふもとに落しました。その山裾の細い雪みちを、さつきの赤毛布を着た子供が、一しんに山のうちの方へ急いでゐるのでした。
「あいつは昨日、木炭(すみ)のそりを押して行つた。砂糖を買つて、じぶんだけ帰つてきたな。」雪童子はわらひながら、手に持つてゐたやどりぎの枝を、ぷいつとこどもになげつけました。枝はまるで弾丸(たま)のやうにまつすぐに飛んで行つて、たしかに子供の目の前に落ちました。