宮沢賢治幻燈館
「水仙月の四日」 6/11

 雪童子はまるで電気にかかつたやうに飛びたちました。雪婆んごがやつてきたのです。
 ぱちつ、雪童子の革むちが鳴りました。狼(おいの)どもは一ぺんにはねあがりました。雪わらすは顔いろも青ざめ、唇も結ばれ、帽子も飛んでしまひました。

「ひゆう、ひゆう、さあしつかりやるんだよ。なまけちやいけないよ。ひゆう、ひゆう。さあしつかりやつてお呉れ。今日はここらは水仙月の四日だよ。さあしつかりさ。ひゆう。」
 雪婆んごの、ぼやぼやつめたい白髪は、雪と風とのなかで渦になりました。どんどんかける黒雲の間から、その尖つた耳と、ぎらぎら光る黄金(きん)の眼も見えます。
 西の方の野原から連れて来られた三人の雪童子も、みんな顔色に血の気もなく、きちつと唇を噛んで、お互挨拶さへも交はさずに、もうつづけざませはしく革むちを鳴らし行つたり来たりしました。もうどこが丘だか雪けむりだか空だかさへもわからなかつたのです。聞えるものは雪婆んごのあちこち行つたり来たりして叫ぶ声、お互いの革鞭の音、それからいまは雪の中をかけあるく九疋の雪狼どもの息の音ばかり、そのなかから雪童子はふと、風にけされて泣いてゐるさつきの子供の声をききました。
 雪童子の瞳はちよつとをかしく燃えました。しばらくたちどまつて考へてゐましたがいきなり烈しく鞭をふつてそつちへ走つたのです。