宮沢賢治幻燈館
「水仙月の四日」 5/11

 雪童子(ゆきわらす)は革むちをわきの下にはさみ、堅く腕を組み、唇を結んで、その風の吹いて来る方をじつと見てゐました。狼(おいの)どもも、まつすぐに首をのばして、しきりにそつちを望みました。

 風はだんだん強くなり、足もとの雪は、さらさらさらさらうしろへ流れ、間もなく向ふの山脈の頂に、ぱつと白いけむりのやうなものが立つたとおもふと、もう西の方は、すつかり灰いろに暗くなりました。
 雪童子の眼は、鋭く燃えるやうに光りました。そらはすつかり白くなり、風はまるで引き裂くやう、早くも乾いたこまかな雪がやつて来ました。そこらはまるで灰いろの雪でいつぱいです。雪だか雲だかもわからないのです。
 丘の稜(かど)は、もうあつちもこつちも、みんな一度に、軋(きし)るやうに切るやうに鳴り出しました。地平線も町も、みんな暗い烟(けむり)の向ふになつてしまひ、雪童子の白い影ばかり、ぼんやりまつすぐに立つてゐます。
 その裂くやうな吼えるやうな風の音の中から、
「ひゆう、なにをぐづぐづしてゐるの。さあ降らすんだよ。降らすんだよ。ひゆうひゆうひゆう、ひゆひゆう、降らすんだよ、飛ばすんだよ、なにをぐづぐづしてゐるの。こんなに急がしいのにさ。ひゆう、ひゆう、向ふからさへわざと三人連れてきたぢやないか。さあ、降らすんだよ。ひゆう。」あやしい声がきこえてきました。