宮沢賢治幻燈館
「山男の四月」 12/12

 そのとき山男は、丸薬を一つぶそつとのみました。すると、めりめりめりめりつ。
 山男はすつかりもとのやうな、赤髪の立派なからだになりました。

陳はちやうど丸薬を水薬といつしよにのむところでしたが、あまりびつくりして、水薬はこぼして丸薬だけのみました。さあ、たいへん、みるみる陳のあたまがめらあつと延びて、いままでの倍になり、せいがめきめき高くなりました。そして「わあ。」と云ひながら山男につかみかかりました。山男はまんまるになつて一生けん命遁(に)げました。ところがいくら走らうとしても、足がから走りといふことをしてゐるらしいのです。たうとうせなかをつかまれてしまひました。
「助けてくれ、わあ、」と山男が叫びました。そして眼をひらきました。みんな夢だつたのです。
 雲はひかつてそらをかけ、かれ草はかんばしくあたたかです。
 山男はしばらくぼんやりして、投げ出してある山鳥のきらきらする羽をみたり、六神丸の紙箱を水につけてもむことなどを考へてゐましたがいきなり大きなあくびをひとつして言ひました。
「えゝ、畜生、夢のなかのこつた。陳も六神丸もどうにでもなれ。」
 それからあくびをもひとつしました。