宮沢賢治幻燈館
「山男の四月」 11/12

「さうか。よし、引き受けた。おれはきつとおまへたちをみんなもとのやうにしてやるからな。丸薬といふのはこれだな。そしてこつちの瓶は人間が六神丸になるはうか。陳もさつきおれといつしよにこの水薬をのんだがね、どうして六神丸にならなかつたらう。」

「それはいつしよに丸薬を呑んだからだ。」
「ああ、さうか。もし陳がこの丸薬だけ呑んだらどうなるだらう。変らない人間がまたもとの人間に変るとどうも変だな。」
 そのときおもてで陳が、
「支那たものよろしいか。あなた、支那たもの買ふよろしい。」
と云ふ声がしました。
「ははあ、はじめたね。」山男はそつとかう云つておもしろがつてゐましたら、俄かに蓋があいたので、もうまぶしくてたまりませんでした。それでもむりやりそつちを見ますと、ひとりのおかつぱの子供が、ぽかんと陳の前に立つてゐました。
 陳はもう丸薬を一つぶつまんで、口のそばへ持つて行きながら、水薬とコツプを出して、
「さあ、呑むよろしい。これながいきの薬ある。さあ呑むよろしい。」とやつてゐます。
「はじめた、はじめた。いよいよはじめた。」
行李(かうり)のなかでたれかが言ひました。
「わたしビール呑む、お茶のむ、毒のまない。さあ、呑むよろしい。わたしのむ。」