宮沢賢治幻燈館
「山男の四月」 6/12

するとふしぎなことには、山男はだんだんからだのでこぼこがなくなつて、ちぢまつて平らになつてちひさくなつて、よくしらべてみると、どうもいつかちひさな箱のやうなものに変つて草の上に落ちてゐるらしいのでした。

(やられた、畜生、たうとうやられた、さつきからあんまり爪が尖つてあやしいとおもつてゐた。畜生、すつかりうまくだまされた。)山男は口惜しがつてばたばたしようとしましたが、もうたゞ一箱の小さな六神丸ですからどうにもしかたありませんでした。
 ところが支那人のはうは大よろこびです。ひよいひよいと両脚をかはるがはるあげてとびあがり、ぽんぽんと手で足のうらをたたきました。その音はつづみのやうに、野原の遠くのはうまでひびきました。
 それから支那人の大きな手が、いきなり山男の眼の前にでてきたとおもふと、山男はふらふらと高いところにのぼり、まもなく荷物のあの紙箱の間におろされました。
 おやおやとおもつてゐるうちに上からばたつと行李の蓋が落ちてきました。それでも日光は行李の目からうつくしくすきとほつて見えました。
(たうとう牢におれははひつた。それでもやつぱり、お日さまは外で照つてゐる。)山男はひとりでこんなことを呟(つぶ)やいて無理にかなしいのをごまかさうとしました。するとこんどは、急にもつとくらくなりました。