宮沢賢治幻燈館
「山男の四月」 7/12

(ははあ、風呂敷をかけたな。いよいよ情けないことになつた。これから暗い旅になる。)山男はなるべく落ち着いてかう言ひました。

 すると愕(おど)ろいたことは山男のすぐ横でものを言ふやつがあるのです。
「おまへさんはどこから来なすつたね。」
 山男ははじめぎくつとしましたが、すぐ、
(ははあ、六神丸といふものは、みんなおれのやうなぐあひに人間が薬で改良されたもんだな。よしよし、)と考へて、
「おれは魚屋の前から来た。」と腹に力を入れて答へました。すると外から支那人が噛みつくやうにどなりました。
「声あまり高い。しづかにするよろしい。」
 山男はさつきから、支那人がむやみにしやくにさはつてゐましたので、このときはもう一ぺんにかつとしてしまひました。
「何だと。何をぬかしやがるんだ。どろぼうめ。きさまが町へはひつたら、おれはすぐ、この支那人はあやしいやつだとどなつてやる。さあどうだ。」
 支那人は、外でしんとしてしまひました。じつにしばらくの間、しいんとしてゐました。山男はこれは支那人が、両手を胸で重ねて泣いてゐるのかなとおもひました。