宮沢賢治幻燈館
「ガドルフの百合」  1/10

 ハックニー馬のしっぽのやうな、巫山戯(ふざけ)た楊(やなぎ)の並木と陶製の白い空との下を、みじめな旅のガドルフは、力いっぱい、朝からつゞけて歩いて居りました。
 それにたゞ十六哩(マイル)だといふ次の町が、まだ一向見えても来なければ、けはひもしませんでした。
(楊がまっ青に光ったり、ブリキの葉に変ったり、どこまで人をばかにするのだ。殊にその青いときは、まるで砒素(ひそ)をつかった下等の顔料(ゑのぐ)のおもちゃぢゃないか。)
 ガドルフはこんなことを考へながら、ぷりぷり憤(おこ)って歩きました。
 それに俄かに雲が重くなったのです。
(卑しいニッケルの粉だ。淫らな光だ。)
 その雲のどこからか、雷の一切れらしいものが、がたっと引きちぎったやうな音をたてました。
(街道のはづれが変に白くなる。あそこを人がやって来る。いややって来ない。あすこを犬がよこぎった。いやよこぎらない。畜生。)
 ガドルフは、力いっぱい足を延ばしながら思ひました。
 そして間もなく、雨と黄昏(たそがれ)とがいっしょに襲ひかかったのです。