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ガドルフは急いでとび退(の)きました。それでもひどくつきあたられて倒れました。
そしてガドルフは眼を開いたのです。がたがた寒さにふるへながら立ちあがりました。
雷はちゃうどいま落ちたらしく、ずうっと遠くで少しの音が思ひ出したやうに鳴ってゐるだけ、雨もやみ電光ばかりが空を亙(わた)って、雲の濃淡、空の地形図をはっきりと示し、又只一本を除いて、嵐に勝ちほこった百合の群れを、まっ白に照らしました。
ガドルフは手を強く延ばしたり、又ちゞめたりしながら、いそがしく足ぶみをしました。
窓の外の一本の木から、一つの雫(しづく)が見えてゐました。それは不思議にかすかな薔薇(ばら)いろをうつしてゐたのです。
(これは暁方(あけがた)の薔薇色ではない。南の蠍(さそり)の赤い光がうつったのだ。その証拠にはまだ夜中にもならないのだ。雨さへ晴れたら出て行かう。街道の星あかりの中だ。次の町だってぢきだらう。けれどもぬれた着物を又引っかけて歩き出すのはずゐぶんいやだ。いやだけれども仕方ない。おれの百合は勝ったのだ。)
ガドルフはしばらくの間、しんとして斯(か)う考へました。
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