それから遠い幾山河の人たちを、燈籠(とうろう)のやうに思ひ浮べたり、又雷の声をいつかそのなつかしい人たちの語(ことば)に聞いたり、又昼の楊(やなぎ)がだんだん延びて白い空までとゞいたり、いろいろなことをしてゐるうちに、いつかとろとろ睡らうとしました。そして又睡ってゐたのでせう。
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ガドルフは、俄かにどんどんどんといふ音をききました。ばたんばたんといふ足踏みの音、怒号や嘲罵(てうば)が烈しく起りました。
そんな語(ことば)はとても判りもしませんでした。たゞその音は、たちまち格闘らしくなり、やがてずんずんガドルフの頭の上にやって来て、二人の大きな男が、組み合ったりほぐれたり、けり合ったり撲(なぐ)り合ったり、烈しく烈しく叫んで現はれました。
それは丁度奇麗に光る青い坂の上のやうに見えました。一人は闇の中に、ありありうかぶ豹(へう)の毛皮のだぶだぶの着物をつけ、一人は鳥の王のやうに、まっ黒くなめらかによそほってゐました。そしてガドルフはその青く光る坂の下に、小さくなってそれを見上げてる自分のかたちも見たのです。
見る間に黒い方は咽喉(のど)をしめつけられて倒されました。けれどもすぐに跳ね返して立ちあがり、今度はしたたかに豹の男のあごをけあげました。
二人はも一度組みついて、やがてぐるぐる廻って上になったり下になったり、どっちがどっちかわからず暴れてわめいて戦ふうちに、たうとうすてきに大きな音を立てて、引っ組んだまま坂をころげて落ちて来ました。
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