宮沢賢治幻燈館
「銀河鉄道の夜」 15/81

「さうですか。ではありがたう。」ジョバンニは、お辞儀をして台所から出ました。
 十字になった町のかどを、まがらうとしましたら、向ふの橋へ行く方の雑貨屋の前で、黒い影やぼんやり白いシャツが入り乱れて、六七人の生徒らが、口笛を吹いたり笑ったりして、めいめい烏瓜の燈火(あかり)を持ってやって来るのを見ました。その笑ひ声も口笛も、みんな聞きおぼえのあるものでした。ジョバンニの同級の子供らだったのです。ジョバンニは思はずどきっとして戻らうとしましたが、思ひ直して、一そう勢よくそっちへ歩いて行きました。
「川へ行くの。」ジョバンニが云はうとして、少しのどがつまったやうに思ったとき、
「ジョバンニ、らっこの上着が来るよ。」さっきのザネリがまた叫びました。
「ジョバンニ、らっこの上着が来るよ。」すぐみんなが、続いて叫びました。ジョバンニはまっ赤になって、もう歩いてゐるかもわからず、急いで行きすぎようとしましたら、そのなかにカムパネルラが居たのです。カムパネルラは気の毒さうに、だまって少しわらって、怒らないだらうかといふやうにジョバンニの方を見てゐました。