宮沢賢治幻燈館
「銀河鉄道の夜」 14/81

けれどもジョバンニは、いつかまた深く首を垂れて、そこらのにぎやかさとはまるでちがったことを考へながら、牛乳屋の方へ急ぐのでした。

 ジョバンニは、いつか町はづれのポプラの木が幾本も幾本も、高く星ぞらに浮かんでゐるところに来てゐました。その牛乳屋の黒い門を入り、牛の匂いのするうすぐらい台所の前に立って、ジョバンニは帽子をぬいで「今晩は、」と云ひましたら、家の中はしぃんとして誰も居たやうではありませんでした。
「今晩は、ごめんなさい。」ジョバンニはまっすぐに立ってまた叫びました。するとしばらくたってから、年老(と)った女の人が、どこか工合(ぐあひ)が悪いやうにそろそろと出て来て何か用かと口の中で云ひました。
「あの、今日、牛乳が僕とこへ来なかったので、貰ひにあがったんです。」ジョバンニは一生けん命勢よく云ひました。
「いま誰もゐないでわかりません。あしたにして下さい。」
その人は、赤い眼の下のとこを擦(こす)りながら、ジョバンニを見おろして云ひました。
「おっかさんが病気なんですから今晩でないと困るんです。」
「ではもう少したってからきてください。」その人はもう行ってしまひさうでした。