宮沢賢治幻燈館
「銀河鉄道の夜」 17/81

 そのまっ黒な、松や楢の林を越えると、俄(には)かにがらんと空がひらけて、天の川がしらしらと南から北へ亙(わた)ってゐるのが見え、また頂の、天気輪の柱も見わけられたのでした。つりがねさうか野ぎくかの花が、そこらいちめんに、夢の中からでも薫りだしたといふやうに咲き、鳥が一疋、丘の上を鳴き続けながら通って行きました。
 ジョバンニは、頂の天気輪の柱の下にきて、どかどかするからだを、つめたい草に投げました。
 町の灯は、暗(やみ)の中をまるで海の底のお宮のけしきのやうにともり、子供らの歌ふ声や口笛、きれぎれの叫び声もかすかに聞えて来るのでした。風が遠くで鳴り、丘の草もしづかにそよぎ、ジョバンニの汗でぬれたシャツもつめたく冷されました。ジョバンニは町のはづれから遠く黒くひろがった野原を見わたしました。
 そこから汽車の音が聞こえてきました。その小さな列車の窓は一列小さく赤く見え、その中にはたくさんの旅人が、苹果(りんご)を剥(む)いたり、わらったり、いろいろな風にしてゐると考へますと、ジョバンニは、もう何とも云へずかなしくなって、また眼をそらに挙げました。
 あゝあの白いそらの帯がみんな星だといふぞ。