宮沢賢治幻燈館
「銀河鉄道の夜」 19/81

 するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云ふ声がしたと思ふといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の螢烏賊(ほたるいか)の火を一ぺんに化石させて、そら中に沈めたといふ工合(ぐあひ)、またダイアモンド会社で、ねだんがやすく

ならないために、わざと穫れないふりをして、かくして置いた金剛石を、誰かがいきなりひっくりかへして、ばら撒いたといふ風に、目の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思はず何べんも眼を擦(こす)ってしまひました。
 気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗ってゐる小さな列車が走りつづけてゐたのでした。ほんたうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座ってゐたのです。車室の中は、青い天鵝絨(びろうど)を張った腰掛けが、まるでがら明きで、向ふの鼠いろのワニスを塗った壁には、真鍮(しんちゅう)の大きなぼたんが二つ光ってゐるのでした。
 すぐ前の席に、ぬれたやうにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見てゐるのに気が付きました。そしてそのこどもの肩のあたりが、どうも見たことのあるやうな気がして、さう思ふと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出さうとしたとき、俄(には)かにその子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。