宮沢賢治幻燈館
「銀河鉄道の夜」 33/81


  八、鳥を捕る人

「ここへかけてもようございますか。」
 がさがさした、けれども親切さうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。
 それは、茶いろの少しぼろぼろの外套(ぐわいたう)を着て、白い巾(きれ)でつつんだ荷物を、二つに分けて肩に掛けた、赤鬚(ひげ)のせなかのかがんだ人でした。
「えゝ、いゝんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶しました。その人は、ひげの中でかすかに微笑(わら)ひながら、荷物をゆっくり網棚にのせました。ジョバンニは、なにか大へんさびしいやうなかなしいやうな気がして、だまって正面の時計を見てゐましたら、ずうっと前の方で、硝子(ガラス)の笛のやうなものが鳴りました。汽車はもう、しづかにうごいてゐたのです。カムパネルラは、車室の天井を、あちこち見てゐました。その一つのあかりに黒い甲虫(かぶとむし)がとまってその影が大きく天井にうつってゐたのです。赤ひげの人は、なにかなつかしさうにわらひながら、ジョバンニやカムパネルラのやうすを見てゐました。汽車はもうだんだん早くなって、すすきと川と、かはるがはる窓の外から光りました。