宮沢賢治幻燈館
「銀河鉄道の夜」 46/81

「あら、こゝどこでせう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛らしい女の子が黒い外套(ぐゎいたう)を着て青年の腕にすがって不思議さうに窓の外を見てゐるのでした。
「ああ、こゝはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わたしたちは天へ行くのです。ごらんなさい。あのしるしは天上のしるしです。もうなんにもこはいことありません。わたくしたちは神さまに召されてゐるのです。」黒服の青年はよろこびにかゞやいてその女の子に云ひました。けれどもなぜかまた顔に深く皺(しわ)を刻んで、それに大へんつかれてゐるらしく、無理に笑ひながら男の子をジョバンニのとなりに座らせました。
 それから女の子にやさしくカムパネルラのとなりの席を指さしました。女の子はすなほにそこへ座って、きちんと両手を組み合せました。
「ぼくおほねえさんのとこへ行くんだよう。」腰掛けたばかりの男の子は顔を変にして燈台看守の向ふの席に座ったばかりの青年に云ひました。青年は何とも云へず悲しさうな顔をして、じっとその子の、ちぢれてぬれた頭を見ました。女の子は、いきなり両手を顔にあててしくしく泣いてしまひました。