宮沢賢治幻燈館
「銀河鉄道の夜」 48/81

「わたしたちはもうなんにもかなしいことないのです。わたしたちはこんないゝとこを旅して、ぢき神さまのとこへ行きます。そこならもうほんたうに明るくて匂(にほひ)がよくて立派な人たちでいっぱいです。そしてわたしたちの代りにボートへ乗れた人たちは、きっとみんな助けられて、心配して待ってゐるめいめいのお父さんやお母さんや自分のお家へやら行くのです。さあ、もうぢきですから元気を出しておもしろくうたって行きませう。」青年は男の子のぬれたやうな黒い髪をなで、みんなを慰めながら、自分もだんだん顔いろがかゞやいて来ました。
「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」さっきの燈台看守がやっと少しわかったやうに青年にたづねました。青年はかすかにわらひました。
「いえ、氷山にぶっつかって船が沈みましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発(た)ったのです。私は大学へはひってゐて、家庭教師にやとはれてゐたのです。ところがちゃうど十二日目、今日か昨日のあたりです。船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾きもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧が非常に深かったのです。