宮沢賢治幻燈館
「銀河鉄道の夜」 61/81

「えゝ、えゝ、もうこの辺はひどい高原ですから。」うしろの方で誰かとしよりらしい人のいま眼がさめたといふ風ではきはき談(はな)してゐる声がしました。
「たうもろこしだって棒で二尺も孔をあけておいてそこへ播かないと生えないんです。」
「さうですか。川までよほどありませうかねえ。」
「えゝえゝ河までは二千尺から六千尺あります。もうまるでひどい峡谷になってゐるんです。」
 さうさうこゝはコロラドの高原ぢゃなかったらうか、ジョバンニは思はずさう思ひました。カムパネルラはまださびしさうにひとり口笛を吹き、女の子はまるで絹で包んだ苹果(りんご)のやうな顔いろをしてジョバンニの見る方を見てゐるのでした。突然たうもろこしがなくなって巨(おほ)きな黒い野原がいっぱいにひらけました。新世界交響楽はいよいよはっきり地平線のはてから湧きそのまっ黒な野原のなかを一人のインデアンが白い鳥の羽根を頭につけたくさんの石を腕と胸にかざり小さな弓に矢を番(つが)へて一目散に汽車を追って来るのでした。
「あら、インデアンですよ。ごらんなさい。」
 黒服の青年も眼をさましました。ジョバンニもカムパネルラも立ちあがりました。