宮沢賢治幻燈館
「銀河鉄道の夜」 60/81

カムパネルラが「あれたうもろこしだねえ」とジョバンニに云ひましたけれどもジョバンニはどうしても気持ちがなほりませんでしたからたゞぶっきり棒に野原を見たまゝ「さうだらう。」と答へました。そのとき汽車はだんだんしづかになっていくつかのシグナルとてんてつ器の灯を過ぎ小さな停車場にとまりました。

 その正面の青じろい時計はかっきり第二時を示しその振子は風もなくなり汽車もうごかずしづかなしづかな野原のなかにカチッカチッと正しく時を刻んで行くのでした。
 そしてまたったくその振子の音のたえまを遠くの野原のはてから、かすかなかすかな旋律が糸のやうに流れて来るのでした。「新世界交響楽だわ。」姉がひとりごとのやうにこっちを見ながらそっと云ひました。全くもう車の中ではあの黒服の丈高い青年も誰もみんなやさしい夢を見てゐるのでした。
(こんなしづかないゝとこで僕はどうしてもっと愉快になれないだらう。どうしてこんなにひとりさびしいのだらう。けれどもカムパネルラなんかあんまりひどい、僕といっしょに汽車に乗ってゐながらまるであんな女の子とばかり談(はな)してゐるんだもの。僕はほんたうにつらい。)ジョバンニはまた両手で顔を半分かくすやうにして向ふの窓のそとを見つめてゐました。すきとほった硝子(ガラス)のやうな笛が鳴って汽車はしづかに動き出し、カムパネルラもさびしさうに星めぐりの口笛を吹きました。