宮沢賢治幻燈館
「銀河鉄道の夜」 64/81

「あれ何の旗だらうね。」ジョバンニがやっとものを云ひました。
「さあ、わからないねえ、地図にもないんだもの。鉄の舟がおいてあるねえ。」
「あゝ。」
「橋を架けるとこぢゃないんでせうか。」女の子が云ひました。
「あゝあれ工兵の旗だねえ。架橋演習をしてるんだ。けれど兵隊のかたちが見えないねえ。」
 その時向ふ岸ちかくの少し下流の方で見えない天の川の水がぎらっと光って柱のやうに高くはねあがりどぉと烈しい音がしました。
「発破(はっぱ)だよ、発破だよ。」カムパネルラはこをどりしました。
 その柱のやうになった水は見えなくなり大きな鮭(さけ)や鱒(ます)がきらっきらっと白く腹を光らせて空中に抛(はふ)り出されて円い輪を描いてまた水に落ちました。ジョバンニはもうはねあがりたいくらゐ気持ちが軽くなって云ひました。
「空の工兵大隊だ。どうだ、鱒なんかがまるでこんなになってはねあげられたねえ。僕こんな愉快な旅はしたことない。いゝねえ。」