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「あら、蝎(さそり)の火のことならあたし知ってるわ。」
「蝎の火って何だい。」ジョバンニがききました。
「蝎がやけて死んだのよ。その火がいまでも燃えてるってあたし何べんもお父さんから聴いたわ。」
「蝎って、虫だらう。」
「えゝ、蝎は虫よ。だけどいゝ虫だわ。」
「蝎いゝ虫ぢゃないよ。僕博物館でアルコールにつけてあるの見た。尾にこんなかぎがあってそれで螫(さ)されると死ぬって先生が云ったよ。」
「さうよ。だけどいゝ虫だわ、お父さん斯(か)う云ったのよ。むかしのバルドラの野原に一ぴきの蝎がゐて小さな虫やなんか殺してたべて生きてゐたんですって。するとある日いたちに見附かって食べられさうになったんですって。さそりは一生けん命遁(に)げて遁げたけどたうとういたちに押へられさうになったわ、そのときいきなり前に井戸があってその中に落ちてしまったわ、もうどうしてもあがられないでさそりは溺れはじめたのよ。そのときさそりは斯う云ってお祈りしたといふの、
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