
三、家
ジョバンニが勢よく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。
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その三つならんだ入口の一番左側には空箱に紫いろのケールやアスパラガスが植ゑてあって小さな二つの窓には日覆ひが下りたまゝになってゐました。
「お母さん。いま帰ったよ。工合(ぐあひ)悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云ひました。
「あゝ、ジョバンニ、お仕事がひどかったらう。今日は涼しくてね。わたしはずうっと工合がいゝよ。」
ジョバンニは玄関を上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室に白い巾(きれ)を被(かぶ)って寝(やす)んでゐたのでした。ジョバンニは窓をあけました。
「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」
「あゝ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」
「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」
「あゝ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」
「お母さんの牛乳は来てゐないんだらうか。」
「来なかったらうかねえ。」
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