宮沢賢治幻燈館
「銀河鉄道の夜」 76/81

 ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘の草の中につかれてねむってゐたのでした。胸は何だかをかしく熱(ほて)り頬にはつめたい涙がながれてゐました。
 ジョバンニはばねのやうにはね起きました。町はすっかりさっきの通りに下でたくさんの灯を綴(つづ)ってはゐましたがその光はなんだかさっきよりは熱したといふ風でした。そしてたったいま夢であるいた天の川もやっぱりさっきの通りに白くぼんやりかゝりまっ黒な南の地平線の上では殊にけむったやうになってその右には蠍座(さそりざ)の赤い星がうつくしくきらめき、そらぜんたいの位置はそんなに変ってもゐないやうでした。
 ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待ってゐるお母さんのことが胸いっぱいに思ひだされたのです。どんどん黒い松の林の中を通ってそれからほの白い牧場の柵をまはってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。そこには誰かがいま帰ったらしくさっきなかった一つの車が何かの樽を二つ乗っけて置いてありました。
「今晩は、」ジョバンニは叫びました。
「はい。」白い太いずぼんをはいた人がすぐ出て来て立ちました。
「何のご用ですか。」