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「今日牛乳がぼくのところへ来なかったのですが」
「あ済みませんでした。」その人はすぐ奥へ行って一本の牛乳瓶をもって来てジョバンニに渡しながらまた云ひました。
「ほんたうに、済みませんでした。今日はひるすぎうっかりしてこうしの柵をあけて置いたもんですから大将早速親牛のところへ行って半分ばかり呑んでしまひましてね……」その人はわらひました。
「さうですか。ではいたゞいて行きます。」
「えゝ、どうも済みませんでした。」
「いゝえ。」
ジョバンニはまだ熱い乳の瓶を両方のてのひらで包むやうにもって牧場の柵を出ました。
そしてしばらく木のある町を通って大通りへ出てまたしばらく行きますとみちは十文字になってその右手の方、通りのはづれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかゝった大きな橋のやぐらが夜のそらにぼんやり立ってゐました。
ところがその十字になった町かどや店の前に女たちが七八人ぐらゐづつ集って橋の方を見ながら何かひそひそ談(はな)してゐるのです。それから橋の上にもいろいろなあかりがいっぱいなのでした。
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