宮沢賢治幻燈館
「銀河鉄道の夜」 78/81

 ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったやうに思ひました。そしていきなり近くの人たちへ
「何かあったんですか。」と叫ぶやうにきゝました。
「こどもが水へ落ちたんですよ。」一人が云ひますとその人たちは一斉にジョバンニの方を見ました。ジョバンニはまるで夢中で橋の方へ走りました。橋の上は人でいっぱいで河が見えませんでした。白い服を着た巡査も出てゐました。
 ジョバンニは橋の袂(たもと)から飛ぶやうに下の広い河原へおりました。
 その河原の水際に沿ってたくさんのあかりがせはしくのぼったり下ったりしてゐました。向ふ岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいてゐました。そのまん中をもう烏瓜のあかりもない川が、わづかに音をたてて灰いろにしづかに流れてゐたのでした。
 河原のいちばん下流の方へ洲(す)のやうになって出たところに人の集りがくっきりまっ黒に立ってゐました。ジョバンニはどんどんそっちへ走りました。するとジョバンニはいきなりさっきカムパネルラといっしょだったマルソに会ひました。マルソがジョバンニに走り寄ってきました。
「ジョバンニ、カムパネルラが川へはひったよ。」
「どうして、いつ。」