宮沢賢治幻燈館
「どんぐりと山猫」 5/14

 一郎はだんだんそばへ行つて、びつくりして立ちどまつてしまひました。その男は、片眼で、見えない方の眼は、白くぴくぴくうごき、上着のやうな半纏(はんてん)のやうなへんなものを着て、だいいち足が、ひどくまがつて山羊(やぎ)のやう、ことにそのあしさきときたら、ごはんをもるへらのかたちだつたのです。一郎は気味が悪かつたのですが、なるべく落ちついてたづねました。
「あなたは山猫をしりませんか。」
 するとその男は、横目で一郎の顔を見て、口をまげてにやつとわらつて言ひました。
「山ねこさまはいますぐに、こゝに戻つてお出やるよ。おまへは一郎さんだな。」
 一郎はぎよつとして、一あしうしろにさがつて、
「え、ぼく一郎です。けれども、どうしてそれを知つてますか。」と言ひました。するとその奇体な男はいよいよにやにやしてしまひました。
「そんだら、はがき見たべ。」
「見ました。それで来たんです。」