宮沢賢治幻燈館
「どんぐりと山猫」 6/14

「あのぶんしやうは、ずゐぶん下手だべ。」と男は下をむいてかなしさうに言ひました。一郎はきのどくになつて、
「さあ、なかなか、ぶんしやうがうまいやうでしたよ。」

と言ひますと、男はよろこんで、息をはあはあして、耳のあたりまでまつ赤になり、きもののえりをひろげて、風をからだに入れながら、
「あの字もなかなかうまいか。」ときゝました。一郎は、おもはず笑ひだしながら、へんじしました。
「うまいですね。五年生だつてあのくらゐには書けないでせう。」
 すると男は、急にまたいやな顔をしました。
「五年生つていふのは、尋常五年生だべ。」その声が、あんまり力なくあはれに聞えましたので、一郎はあわてて言ひました。
「いゝえ、大学校の五年生ですよ。」
 すると、男はまたよろこんで、まるで、顔ぢゆう口のやうにして、にたにたにたにた笑つて叫びました。
「あのはがきはわしが書いたのだよ。」
 一郎はをかしいのをこらへて、
「ぜんたいあなたはなにですか。」とたづねますと、男は急にまじめになつて、
「わしは山ねこさまの馬車別当だよ。」と言ひました。
 そのとき、風がどうと吹いてきて、草はいちめん波だち、別当は、急にていねいなおじぎをしました。