宮沢賢治幻燈館
「インドラの網」 6/11

(こゝではあらゆる望みがみんな浄められてゐる。願ひの数はみな寂(しづ)められてゐる。重力は互に打ち消され冷たいまるめろの匂ひが浮動するばかりだ。だからあの天衣の紐も波立たず又鉛直に垂れないのだ。)
 けれどもそのとき空は天河石からあやしい葡萄瑪瑙(ぶだうめなう)の板に変りその天人の翔ける姿をもう私は見ませんでした。
(やっぱりツェラの高原だ。ほんの一時のまぎれ込みなどは結局あてにならないのだ。)斯う私は自分で自分に誨(をし)へるやうにしました。けれどもどうもをかしいことはあの天盤のつめたいまるめろに似たかをりがまだその辺に漂ってゐるのでした。そして私は又ちらっとさっきのあやしい天の世界の空間を夢のやうに感じたのです。
(こいつはやっぱりをかしいぞ。天の空間は私の感覚のすぐ隣りに居るらしい。みちをあるいて黄金いろの雲母のかけらがだんだんたくさん出て来ればだんだん花崗岩(くわかうがん)に近づいたなと思ふのだ。