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その冷たい桔梗色の底光りする空間を一人の天人が翔(か)けてゐるのを私は見ました。
(たうとうまぎれ込んだ、人の世界のツェラ高原の空間から天の空間へふっとまぎれこんだのだ。)私は胸を躍らせながら斯(か)う思ひました。
天人はまっすぐに翔けてゐるのでした。
(一瞬百由旬(ゆじゅん)を飛んでゐるぞ。けれども見ろ、少しも動いてゐない。少しも動かずに移らずに変らずにたしかに一瞬百由旬づつ翔けてゐる。実にうまい。)私は斯うつぶやくやうに考へました。
天人の衣はけむりのやうにうすくその瓔珞(やうらく)は昧爽(まいさう)の天盤からかすかな光を受けました。
(ははあ、こゝは空気の稀薄(きはく)が殆(ほと)んど真空に均(ひと)しいのだ。だからあの繊細な衣のひだをちらっと乱す風もない。)私は又思ひました。
天人は紺いろの瞳を大きく張ってまたゝき一つしませんでした。その唇は微かに哂(わら)ひまっすぐにまっすぐに翔けてゐました。けれども少しも動かず移らずまた変りませんでした。
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