宮沢賢治幻燈館
「グスコーブドリの伝記」 1/54


 一、森

 グスコーブドリは、イーハトーブの大きな森のなかに生れました。お父さんは、グスコーナドリといふ名高い木樵(きこ)りで、どんな巨(おお)きな木でも、まるで赤ん坊を寝かしつけるやうに訳なく伐つてしまふ人でした。
 ブドリにはネリといふ妹があつて、二人は毎日森で遊びました。ごしつごしつとお父さんの樹を鋸(ひ)く音が、やつと聴えるくらゐな遠くへも行きました。二人はそこで木苺(きいちご)の実をとつて湧水に漬けたり、空を向いてかはるがはる山鳩の啼(な)くまねをしたりしました。するとあちらでもこちらでも、ぽう、ぽう、と鳥が睡(ねむ)さうに鳴き出すのでした。
 お母さんが、家の前の小さな畑に麦を播(ま)いてゐるときは、二人はみちにむしろをしいて座つて、ブリキ缶で蘭(らん)の花を煮たりしました。するとこんどは、もういろいろの鳥が、二人のばさばさした頭の上を、まるで挨拶するやうに啼きながらざあざあざあざあ通りすぎるのでした。