Web 絵草紙
「中務の大輔の娘近江の郡司の婢と成れる語」 5/5

『それで不思議に懐かしく思ったのだ。この人は昔の妻であったのだ』と、男も涙をこらえていますと、琵琶湖の波の音がひときわ大きく聞こえます。
「あれは何の音でしょう。恐ろしいこと」と女が身を寄せましたから、男は
「これこそが近江の波の音だよ」という返事に「会うことを避けて長く暮らしてきたが、これでは生きる甲斐がないではないか」ということを掛けて

  これぞこの つひに あふみを いとひつゝ
       世には ふれども いける かいなみ
と歌を詠み、
「そうだろう?」と言って泣きました。
女は『それならば、この人は元の夫なのだ』と、驚きに絶えられなかったのでしょうか、言葉もなく、体が冷え硬直してしまいましたから、男もあわて騒ぎましたが、女はそのまま死んでしまいました。

可愛そうなことで、女は恥ずかしさに絶えられず死んでしまったのでしょう。
男の配慮も足りなかったので、その事を知らさずに養育すべきであったと思われます。
女の亡くなった後がどうなったかは、わからないということです。