『それで不思議に懐かしく思ったのだ。この人は昔の妻であったのだ』と、男も涙をこらえていますと、琵琶湖の波の音がひときわ大きく聞こえます。 「あれは何の音でしょう。恐ろしいこと」と女が身を寄せましたから、男は 「これこそが近江の波の音だよ」という返事に「会うことを避けて長く暮らしてきたが、これでは生きる甲斐がないではないか」ということを掛けて
これぞこの つひに あふみを いとひつゝ 世には ふれども いける かいなみ と歌を詠み、 「そうだろう?」と言って泣きました。 女は『それならば、この人は元の夫なのだ』と、驚きに絶えられなかったのでしょうか、言葉もなく、体が冷え硬直してしまいましたから、男もあわて騒ぎましたが、女はそのまま死んでしまいました。
可愛そうなことで、女は恥ずかしさに絶えられず死んでしまったのでしょう。 男の配慮も足りなかったので、その事を知らさずに養育すべきであったと思われます。 女の亡くなった後がどうなったかは、わからないということです。