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牛車にすし詰めになって出掛けたところ、昨夜の現場はまだそのままで、三十歳ほどの髭の濃い男が得意そうに立っていて、あちこち指さしながら何か言っています。
「あの男が自分のかたきを斬り殺したとか申しております」と、車の供回りの者が言いますから、則光は『ありがたい』と思っていると、車中の殿上人たちが話を聞きたいというので、男は車の前に召し出されました。
頬がこけてあごが反り返り、鼻が垂れ下がった赤毛の男で、血走った目で片膝をつき、太刀のつかに手をかけて控えた男は、
「昨夜、用事でここを通りますと、三人の男が呼び止め、斬りかかってまいりました。盗賊かと思って迎え撃って切り伏せましたが、今朝見ると年来私をつけねらっていた男どもでしたから、さてはかたきだったのかという事で、やつらの首を取ってやろうと思っております」と、派手な身振りで殿上人の問いに答えます。
皆、「あら、あら!」と驚き、次々と質問すると、男はいよいよ興奮して狂ったように物語るのでした。
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則光はおかしかったのですが、『こいつが事件を被ってくれるとは、ありがたい』と思って、いままで、ばれるのではと心配してうつむいていた顔をようやく上げることができた──と、年老いてからその子供に話した事を、こんなふうに語り伝えたものです。
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