Web 絵草紙
「女、医師の家に行きて瘡を治して逃げたる語」 1/4
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 今昔物語より
「女、医師の家に行きて
   瘡を治して逃げたる語」

 (をんな、くすしの いへに ゆきて
        かさを ぢして にげたること)

今は昔、典薬頭(てんやくのかみ)を勤めた名医がおりました。
ある時、この人の屋敷に、派手な衣装の裾を外に垂らした美しい女車がはいってきました。
典薬頭に「どちらのお方か」と聞かれても答えず、かまわず奥に乗り入れると、牛やくびきを外して、長柄を屋敷の縁にのせ掛け、下人どもは塀際に退いて控えております。
医師が車のそばに寄り、
「これは、どなた様がお見えなのでしょうか。どのようなご用件でございましょう」と聞くと、中の女は誰とも名乗らず、
「適当な所に部屋を用意してくださいませんか」と色っぽい声で言います。
この医師は老人ながら好色の人でしたから、人目に付きにくいような部屋を掃除させ、屏風を立てたり畳を置いて調え、用意が出来たことを知らせると

「それならば、わきにお寄りください」と、女は扇で顔を隠して下りてきます。
後から十五六の下仕えの少女が蒔絵の櫛箱(くしばこ/たぶん便器)を持って続きました。
と、下人どもが寄ってきて車に牛を付けると、風のように立ち去ってしまいました。