Web 絵草紙
「女、医師の家に行きて瘡を治して逃げたる語」 4/4

 

『こんなに長く、屏風の陰で何をしているのだろう』と、声を掛けて屏風の後を覗いてみると、女も少女もおりません。
衣装や袴、櫛箱も残っていますが、寝間着にしていた薄綿の着物だけがありません。
『出ていったのだろうか。この人はあの寝間着のまま逃げてしまったのだ』と、医師は胸が締めつけられるようにせつなく、やるせなく思われるのでした。
あわてて門を閉めさせ、弟子や使用人などに灯りを持たせ、屋敷の内をくまなく探させましたが、逃げたものがどうして見つかるはずがありましょう。
典薬頭は在りし日の女の声や面影をしのんで恋しく悲しいことは限りありません。
『病気を厭わず思いを遂げておけばよかった。

なぜ治療ばかりして手を出さなかったのか。はばかる妻も今はいないし、もし人妻で妻にできないとしても時々は密会できたのに……』と皺だらけの見苦しい顔をさらにくしゃくしゃにして、地団駄ふんで悔し泣きしたので、その弟子たちは隠れて大笑いしたものでした。
世間の人もこれを聞いて典薬頭をからかうと頭は怒り狂って言い争ったのでした。
それにしても、何と賢い女ではないか。
ついに誰と
も知られず
に終わった
ということ
です。