Web 絵草紙
「平定文 本院の侍従に仮借せる語」 4/4

合点がゆかず、箱の中をよく覗くと、薄黄色の水が半分ばかりはいった中に、親指ほどの太さで長さ二三寸ほどの茶色っぽいものが三切れほど転がっています。
「これこそ例のやつだな」と見つめましたが、何ともいい香りがしますから、棒きれで突き刺し、鼻に近づけてみると、素晴らしい練り香の匂いです。
まるで当てが外れて「これは天人でもあろうか」と思い、もうどうしてもこの人を我がものにしたいと、気も狂いそうに思い詰めるのでした。
少し箱の水をすすってみると、丁子の香りにむせかえるようです。
棒きれにさした物の先をなめてみると、とても香ばしくて、苦みのある甘い味がします。
水は丁子を煮た汁で、固形物は、練り香や山芋をアケビの汁で練って、太い筆の軸から押し出した物だと、頭の良い平中はすぐに気が付きました。
「しかし、こんなふうに箱を奪って中身を見る人があろうと、そこまで予測するとは、とても人間とは思えない。どんなことをしてでも、この人に逢わずにはいられようか」と思い悩んでいるうちに、平中はとうとう恋煩いで死んでしまいました。
なんともくだらない話で、それだからあまり女に囚われてはいけないと、世間の人がそしったということです。