Web 絵草紙
「平定文 本院の侍従に仮借せる語」 3/4

不審に思った平中が境の障子を引いてみると、掛け金は反対側から掛かっていて開きません。
平中は地団駄ふんで泣きたい気分で、この夜の五月雨のように涙が止まりません。
「私の心をためそうとしてだましたのか。余程の馬鹿だと思われたことだろう」と、断られたより一層ねたましく思われるのでした。
それからは「何とかこの人の悪い噂を聞いて思い切りたいものだ」と思っていましたが、そんな話は全く聞かれません。
ついには、「どんなに素晴らしい人でも、排泄行為は我々と同じことだろう。それを見たらいやになるだろう」と考え、「そば使いの女が便器の箱(トイレは無かったようです)を洗いに行くとき、それを奪い取って見てやろう」というので、何気なく部屋の辺りに待ち受け、箱を持って出て来た少女を見え隠れにつけ、人目の無い所でそれを奪い取りました。
泣きながら取り戻そうとする少女を突き放し、人の居ない建物にはいって掛け金を下ろしてしまったので、少女は外に立って泣いています。
包みを解いてみると、中身はともかく漆塗りの見事な箱で、開けるのも気の毒で、暫くそれを眺めていましたが、こうしても居られないと恐る恐る蓋を開けてみると丁子(ちょうじ)という香料の香りが鼻をつきます。