Web 絵草紙
今昔物語より
「人に知られぬ女盗人の語」
(ひとにしられぬおんなぬすびとのこと)
今は昔、いつ頃の事であったか、貴族の家に仕える侍といった身分の、名はわかりませんが背がすらりと高くて赤みがかった髭の三十歳ばかりの男がおりました。
日暮れ時に何とかいう辺りを歩いてゆくと、つり上げた蔀(しとみ)戸のうちから手招きして鼠鳴きということをして呼び止めるものがあります。
男がそちらに寄って「お呼びですか」と言えば、女の声で
「申し上げたいことがございます。その扉は鍵がかかっておりません。押しておはいりください」
と言いますから、男は不審に思いながらも扉を押してはいりました。
「掛け金を掛けて、おいでください」と言うので、戸締まりをして近くに寄れば、女は「お上がりなさい」と男をさらに簾の内に呼び入れました。
気持ちよく整えられた部屋に、はたちばかりの清らかで魅力的な女がただひとり、微笑んでおります。
こんなに女に親しくされて「男と成りなむ者の過ぐべき様なければ遂に二人臥し」たのでした。
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女のほかに誰もいない様子ですから「これはどういう家なのだ」と不思議に思ったのですが、こうなっては女がますますいとおしく思えて、夕暮れも知らずに寝ておりますと、暗くなる頃、戸を叩く者があります。
男が起きて戸を開ければ、侍ふうの男ふたりと女房(貴人に仕える女)らしい女が下女を連れてはいってきて、蔀戸をおろし、灯をともし、うまそうな食べ物を銀の食器に盛ってふたりにすすめるのでした。
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