Web 絵草紙
「時平の大臣 国経の大納言の妻を取れる語」 1/4
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 今昔物語より
「時平の大臣
 国経の大納言の妻を取れる語」
 (ときひらの おとど
   くにつねの だいなごんの めを とれること)

今は昔、本院の左大臣といわれた藤原時平(ふじわらのときひら)という人がありました。
歳は三十に足らぬほどで、容姿は端麗ながら色好みが度を過ぎた感じではありました。
この時平の叔父で国経(くにつね)の大納言という人の妻は、在原業平(ありわらのなりひら)の孫娘で、夫は八十歳に近いというのにまだ二十余りで、多情な美人でしたから、こんな年寄りの妻になったことを不満に思っていました。
時平はこの美しい妻の噂を聞いて、何とか一度逢いたいものだと思っていましたが、そんな機会もありません。
その頃、関係を持たない美人は稀だといわれた好色家の平定文(たいらのさだふみ)、通称を平中(へいちゅう)という人が、時平の屋敷に出入りしていましたので、ある冬の夜、ちょうど屋敷に来た平中と四方山話のついでに『もしや、叔父の妻とも……』と思い、

「遠慮無く云って、近頃のいい女といったら誰だろうか」とたずねてみました。
「遠慮無く──との仰せですから申し上げますが、国経の大納言の北の方こそ、当代比べるもののない女でございましょう」
「それはまた、どうしてわかったのだ」
「そこに仕える知り合いの女に『北の方は、老人に連れ添うことをわびしく思っていられる』と聞きましたから、無理に頼んで申し入れたところ、断られなかったので忍んで逢いましたが、親しくつきあうことはできませんでした」
「この極悪人めが!」と、大臣は笑って済ませたのでしたが、女への想いはますます深まるのでした。