|
「すっかり酔ってしまった。車を寄せてくれ。もうどうにもならん」
大臣の言葉で車は庭に引き入れられ、大納言はみずから車の簾を持ち上げました。
大臣は北の方を抱きかかえて車に乗せ、続いて自分も乗り込みました。
大納言は、なすすべもなく、せつない思いで
「ばあさんや、わしを忘れないでくれよ」と冗談めかして送り出しました。
大臣は車を出させ、大納言は部屋に帰って装束を脱ぎましたが、すっかり酔って目が廻るようで気持ちが悪く、倒れるように寝込んでしまいました。
翌朝、酔いが覚めて、昨夜のことが夢のように思われ、もしや本当に夢だったのかと、仕える女房に「北の方は?」と聞いてみました。
女房たちの語る昨夜の顛末を聞いて、自分ながら呆れかえって、
『喜びで頭がおかしくなってしまったのか。酒の上とは云え、こんなばかな真似をする人がいるだろうか』と、悔やんだり嘆いたりしたものの今さらどうにもなりません。
|
人には自分の意志でしたように説明し『女の果報というものだろう』と諦めようとしましたが、悔しいやら、悲しいやら、恋しいやらで、悶々と思い悩んだということです。
|