Web 絵草紙
「陽成院の御代に滝口、金の使に行きたる語」 5/5

暫くすると郡司が現れ、
「どうでした。抱きつけましたか」
「いや、あまりの恐ろしさで出来なかった」
「それは極めて残念な事でした。例の術は習得できなくなりました。……しかし、もう一度ためしてみましょう」
と、郡司はまた去って行きます。

待つ程に、今度は身の丈四尺はあろうという巨大な猪が流れを走り下ってきます。
牙をむきだして周囲の岩をバリバリと噛み砕くと、口から火がめらめらと燃え上がるのです。
「もはや、これまでの命だ」道範は死にものぐるいで猪に飛び掛かり抱きつきました。
すると、何と、それは長さ三尺ばかりの流木だったのです。
『そうしてみると先のもこんな朽ち木であったのか』と道範は悔しいこと限りありません。
やがて戻って、結果を尋ねた郡司は
「例の術はだめですが、何かをちょっとした別の物に変える術なら教えられます」ということで、道範はそれを習って都に帰ったのでした。
後には滝口の陣で賭け事をして、脱いである沓(くつ)を犬や鯉に変えたりしました。
天皇もそれを聞かれて道範に術を習い、ついたての横木の上に勅使の行列を渡すことなどされましたが、そのような邪法は帝王のすることではないと、不評を買ったということです。
難しいとされる人間界に生まれる幸せを得ながら、仏教を捨て魔界におもむくなど勿体ない事で、間違ってもすべきではないという話です。