Web 絵草紙
「清水の南辺に住む乞食、女を以て人を謀り入れて殺せる語」 5/5

「追っ手か」と、振り返れば、それは案内させた供の少年なのでした。
喜んで「どうしてここに」と聞けば、
「おはいりになったあと堀の橋を引き外してしまいましたから、怪しいと思って何とか塀を乗り越えて外に出ましたが、ほかの者が殺された様子なので、殿もどうなられたかと心配で、藪の中に隠れて様子をみておりましたが、人が走って来るので、もしや殿ではと思って追ってまいりました」ということです。
中将は事情を話して
「そんな企みのあろうとは知らず、我ながら恥ずかしい事だ」と、共に都の方に逃げてゆくうちに、五条通にはいるあたりの鴨川の河原まで来て見返ると、あの屋敷の方向に大きな火の手が上がっております。
なんと、突き殺したと思ったのに、いつもと違って女の声もしないので下りて見れば、男は逃げて女が死んでいますから、「男が逃げたなら、すぐに人が来て捕まるであろう」と思い、屋敷に火をつけて逃げたのでした。

中将は供の少年にも口止めし、自分もこのことを人に話しませんでした。
そして、誰のためとも言わず、事件のあった日に、毎年盛大な仏事を催しました。
たぶんあの女のためにしたことでしょう。

そのうちにこの事は人に知られて、その家の跡に、ある人が寺を建てました。
その寺は今もあります。
思えば女の心は実に尊く、また少年はたいへん賢かった。

そんな訳なので、美しい女につられて知らない所に行く事は、これを聞いたらやめるべきだと語り伝えたということです。
                    (おわり)