事前プレイリアクションD1『一抹の希望』より抜粋

川合 勇次郎マスター執筆

Scene.2 「セレスティア魔導学院」より一部抜粋

 だが、この時エギルが目にしていたのは、単にエスターシャの教え子たちが、各地で起きた異変についてお互いの意見を交わしあっていたにすぎず、さほど色気のあるものでもなかった。
「エスターシャ先生っ! エルツベルムの魔導学院から、魔女に襲われたっていう手紙が届いたわよ!!」
 そんな話の最中。中庭に魔導学院の生徒であるエイシス・ノースランドがやって来て、エスターシャに衝撃的な知らせを伝えた。
「伝書鳩か……。ようやく届いた情報が、あまり嬉しくない情報っていうのも悲しいわね」
 エスターシャはプラチナブロンドの活発的なショートヘアーが似合うエイシスに微笑んで礼を言いつつも、手紙に目を通して苦い声で呟いた。元々エルツベルム魔導学院の生徒だったエイシスも、さすがにショックを隠せずにいるようである。
 ――ここで少しだけ、天変地異が勃発する少し前の事情を説明する。
 まだ夏真っ盛りのリュクセールに居たエスターシャは、もうすぐ秋が近くなるという頃になると、寒くなる前に温かい土地にと、そんな気分でこの辺境の地であるセレスティアの魔導学院にやって来ていた。エイシスたちエルツベルムの生徒たちは、もはや各学院から「うちの学院に来てほしい」と頼まれているエスターシャをエルツベルムだけに縛っておく事もできず、エスターシャを送ったのだが、勉強を遅らせたくないという理由から、数人の生徒たちと一緒にエスターシャを追ってこのセレスティアに来ていたのだ。それが運良く命拾いになっていたらしい。
「エルツベルム魔導学院が、ほぼ全滅だって……」
 手紙を見たエスターシャが、心底落ち込んだ声でそう呟いた。
 今現在はメディウス・ロクス海の津波の影響で、セレスティア海岸付近の港や船が全滅してしまい、ほとんどセレスティアとは連絡が取り辛くなっている。だからエイシスたちもリュクセールに戻りたくても房れずに居たのだ。
「この伝書鳩はノディオン経由でやってきたみたいね……エルツベルムが襲われたって事は、今はリュクセールに魔女がいるってこと?……いや、違うわね。魔女がリュクセールにも部下を送り込んでいるって事ね」
 もはや世界中で混乱を引き起こしている魔女の手下たち。早くその詳細を掴み、対策を練らなければエスターシャが頼りにする仲間たちが次々と連絡が途絶えてしまうことになる。
「コスメラソスの魔導学院に続いて、エルツベルムまで……どうやらその魔女は、完全に僕たちのことを狙っているみたいね」
「それとも、魔導学院にある何か別の物を狙っているのかも……とはいっても、特別な物なんて本くらいしかないとおもうけど……」
 エイシスとエスターシャが意見を交わしあっていると、そこにエイシスと同じく、エルツベルムの魔導学院からやってきている生徒のウァルハーリパル・エスタがやってきて、エスターシャに報告をした。
「えすたーしゃせんせい。しがいちのちょうさにいくじゅんびがととのいました」
 丁寧ながらも、あまり感情が感じられウァルハーリパルの喋り方を聞いているとエイシスなどは膝がくだけてしまうほどに拍子抜けするのだが、エスターシャはもう慣れているらしく、ウァルハーリパルの報告に微笑で応えた。
「ありがとうね、リパルちやん。この魔導学院を護衛してくれる人も増えたし、魔族がいる市街地を探索するにも、あの英雄さんたちは本当に心強い仲間ね」
 英雄たちが市街地の探索に出かける準備を進めるために、エスターシャはウァルハーリパルに頼んでリディアやユーリスらヴァルキリーたちを手伝ってもらっていたのだ。
「あの魔女が相手だとすると、魔族に混じって人造人間もいるかもしれないわ。……戦闘力が高いだけに、敵にまわすと厄介な存在よね」
「えすたーしゃせんせいも、しがいちにいかれるんですか?」
「私? 行きたいのは確かだけど、魔女がこの魔導学院を狙っている可能性があるからには、ここを離れるわけにも行かないわね。……リパルちやんはどうするの?」
「……りぼるも、じぶんのくらしをまもるために、ここにのこります」
 エスターシャは正直、ウァルハーリパルが市街地にいくと言い出さなかったことに安心した。
「そうしなさい。リパルちやんって線が細いから、戦場にいかれちゃうと心配になって仕方ないわ。ちゃんと食事とってる?」
 エスターシャがそう尋ねると、ウァルハーリパルはこくりと頷いた。確かに随分と痩せているが、顔色が悪いわけでもないため心配することもないのであろうが……
「リパルちやん、最近はどうも様子がおかしい時があるから……」
「……たしかに、さいさんはひんぱんにふしぎなゆめをみるのでふしぎなんですけど、からだのほうはしんぱいないですよ」
 ウァルハーリパルは、自分を心配してくれているエスターシャに軽く微笑みながらそういったが、その微笑みもどことなくはかなげで、さめた印象を受ける。
「エスターシャ先生っ、そろそろ市街地に行く人を見送りに行かないといけないわよ」
 そんなウァルハーリパルとは対照的に明るいエイシスが、そういってエスターシャの薄い肩を揺らす。
「ええ、そうね。くれくれも魔女たちを甘く見ないように、警告しておかないと……」
「まったく、とんだ騒ぎを引き起こしてくれるわよね、その魔女つて!……あれ? リパルちゃん。そういえばその魔女ってなんて人だったつけ?」
 中庭を歩き出したエスターシャの後にウァルハーリパルとエイシスが続き、その間にエイシスがウァルハーリパルに尋ねる。
「たしか、えるめすさんです」
「ああそう、魔女エルメス! まったく、とんでもない人よね……!!」

 その後、エスターシャたちはエグザやエギルたちが護衛を勤める正門の前にやってきた。ウァルハーリパルが報告してくれた通り、正門には護衛の他にも市街地に向かうための調査隊が組まれていて、それらの者たちが集まってきていた。
「馬車があるのですか。こんな物があるのなら、最初から雨の時にはこれで迎えに来てくれればよかったのに……」
 探索隊が乗る事になると思われる質素な馬車を見て、護衛のシルデナフィルが呟いた。手ぶらで迎えに行かされたミレニアムが怒った気持ちがよくわかる。
「それじゃ、気をつけて行ってきてください」
「留守中の守りは私たちに任せておけ」
 エスターシャたちが正門についた頃には、馬車に乗りこんだ仲間たちに、英雄たちの一人であるユキハ・ズイホウカノン・ハイリヒたちが挨拶を交わしていた。
 ユキハとカノンは、門番とは違う魔導学院内の警備を績まれていたため、魔族が見当たらない今のところは、学院内をぶらぶらと歩きまわるのが仕事になっている。黒鉄鋼の鎧を身に纏った色白の美男子・カノンが学院内を歩くだけで、生徒たちはカノンを外見だけで頼もしそうだと感じてくれていたが、一方、カノンはというと東方人らしい風貌の持ち主で、この一風変わった赤い胴着に身を包んだ少女を、生徒たちは不思議そうに見つめていた。
「二人とも、魔導学院内に怪しい人とかいなかった?」
 見送りを終えたエスターシャが、ユキハとカノンの二人に学院内の様子を聞いてみると、ユキハもカノンも静かに頷いてくれた。
「この施設は外壁が高く、ほとんど砦に近い。……これなら空からの襲撃でも受けないかぎり、よほどの攻撃には耐えられるだろう」
「そう褒めてもらえると嬉しいわね。でも、魔族を相手にする場合は油断できないわよ。もちろん空から襲撃する手段も持っているでしょうし、実際に他の地区の魔導学院は陥落されてしまった場所もあるわ」
 魔導学院の頑強さを褒めるカノンに、エスターシャは苦笑しながらそんな事をいった。
「まあ、上空には簡単な結界を張ってあるから、万が一魔族が侵入しようとしてもすぐに学生たちにバレると思うんだけどね……」
 エスターシャが空を指差しながら魔族に関する結界での防衛策を説明していると、ちょうどそこに突然空で小さな落雷のような音が鳴り響き、カノンやユキハたちを驚くせた。
「今のは雷じゃないわ! 向こうで魔族が結界内に侵入したのよ!!」
 エスターシャのその一言を聞いて、カノンとユキハが正門の前から走り去る。魔族が結界に触れた時に、空に陽炎に似た歪みが生じたため、進入してきた場所ははっきりしている。
「エスターシャ先生っ! この門の前は俺たちに任せて、先生は侵入者を!!」
 護衛たちと一緒に居た体育教師のディディッツが、そういってエスターシャをカノンとユキハの後に続かせる。
「お前たちは危険だ。俺たちが守るから、ここに残っているんだ」
 ディディッツはさらに、そういってエスターシャと一緒に居たエイシスとウァルハーリパルの二人をエグザたちに預けた。生徒を心配するのは教師として当然だが、どちらかといえばエイシスもウァルハーリパルも、進入したのがどんな魔族なのかを見にいきたかった。

(中略)

Scene.4 「魔女とヴァルキリー」より一部抜粋

 その後のカロンたち行動は早かった。
 カロンは自分が連れてきた英雄たちのことをエスターシャやユーリスに任せて、自分はリディアを連れてその日のうちに竜神族の住む神竜界へと帰還し、新たな英雄たちをセレスティアに連れてくるために行動を開始した。
 その翌朝には、エスターシャも動き出している。
 まずは広い敷地を誇る魔導学院内にいる生徒たちを呼びだし、改めて繁急事態であることを生徒たちに呼びかけ、魔女や魔族を相手に戦うことをみんなに頼んだ。
「勉学に励みたくてこの学院の門を叩いたあなたたちに、こんなお願いをするのは申し訳ないんだけど……津波で市街地の大半を失ったこのセレスティアには、今、戦える人はあなたたちしかいないの! 私も、世界中に使い魔を放って、知りうるかぎりの手助けを求めるわ。救援がやってくるまでの間……なんとかみんなでこの危機を乗り越えて、世界に平和を取り戻しましょう!」
「世界の平和……ですか」
 エスターシャの言葉を聞いて、魔導学院の学生の一人であるイリアッド・ジェントナーが、少しだけ長めの前髪を指で弄りながら、なんとなくその言葉を呟いてみる。
 つい先日までは当然の事として存在していた平和が、今では命を賭してでも勝ち取らねばならない存在になっているらしい。各地で天変地異が発生している中、イリアッドは比較的平和に時が流れていたこの魔導学院の中で生活していただけに、その言葉に漠然としたものしか感じることができずにいた。
「確かに、私も男ですからね。こう言った時はみんなを守るためにも率先して戦わなけれは……」
 イリアッドが、自分に言い聞かせるように再びそんな独り言を呟く。
「僕たちも戦うことになるの? ……まあ、妙な日食が起きてからはそんな覚悟も固まってたけとね」
 その時、ちょうどイリアッドの隣にいたエイシスが、その横にいたウァルハーリパルに話しかけると、ウァルハーリパルも静かに頷いた。
 ウァルハーリパル自身は戦う事が好きではないのだが、自分だけでなく、エイシスのように仲がよくなった友人を守りたいという気持ちははっきりと存在していた。
「そういえば、えるつべるむのもともだちは、いまごろどうしているのでしょうか……」
 不意にウァルハーリパルがそんな事を吹いた。
 攻め落とされてしまったというエルツベルムの魔導学院には、彼女たちの友人たちが多く残っていたはずなのである。
「……きっと大丈夫よ。エスターシャ先生がいなくたって、あそこの先生や生徒たちは簡単にやられちゃうような甘い人ばかりじゃなかったじゃない」
 不安がるウァルハーリパルを元気付けようと、エイシスが微笑みながらウァルハーリパルの手を握るが、少しだけその手が震えている。日頃から悲観的に物事を考えないエイシスだが、さすがに今は心から笑えない状況だった。
「それにしても、本当に援護に来てくれる人なんているのかしら……」
「だしかに、きっと今頃はセレスティアやエルツベルムだけでなく、全世界に助けを求めている人たちがいるんでしょうね……。そんな中で私たちができる事といえは、助けを求め続ける事じゃなくて、同じ志を持つ者同士で結束することくらいなのかもしれませんね」
 少しだけ不安そうなエイシスたちに、イリアッドがそういって自分の覚悟を固める。まずは今現在の危機を乗りきるために、このセレスティア魔導学院の中でみんなが協力し合い、魔族や人造人間の侵攻を食い止めなければならないだろう。
「……うん、大丈夫よ! このセレスティアには昔の英雄たちや竜神族に加えて、あのエスターシャ先生だっているんだからね!!」

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●プレイヤー注釈

 文中で一箇所、恐らくウァルハーリパルのことを「ウァル」と書かれている箇所があり、他にウァル○○、○○ウァルという名前が見あたらなかったので「ウァルハーリパル」に修正しておきました。前作の時のウァルハーリパルの愛称が「ウァル」でしたね。


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