「はぁ?」
レヴィンがその少女がやってきた目的を仲間から告げられたとき、彼が発した第一声がこれである。間抜けなことこの上ないが、だがこの件に関しては皆、概ね同じ反応をかえしたらしく、間抜けだのと騒ぐ者は皆無だった。
見なれぬ来訪者の名は、ウァルハーリパル・エスタという。
レヴィンはその少女をしばしまじまじと見やってから、指差して恐る恐る周囲を見た。
「これが、エスターシャの代理ってか?」
信じられないのも無理はないのかも知れない。なにせ彼らの前に現れたのは、ここまで一人でよく旅してこれたものだと人ごとながら心配になってしまいそうな華奢な少女一人である。
だが、目の前の状況を信じたくないらしいレヴィンとは裏腹に、ルフィア・ティエが重々しい表情で頷いた。
日頃、陽気な彼にしては珍しく真剣な面もちに、ようやくレヴィンは現実を直視する気になったらしい。
再び、まじまじとウァルハーリパルを見やった。
そんなレヴィンの背中にびたんと張りついたままのアガスティア・トゥルーアイズは、ウァルハーリパルのことが気にかかるのか、レヴィンの背後からちらちらと彼女の方を眺めている。だがその眼差しは、恐れているというようなものではなく、興味津々と言うにふさわしいものだった。
ふと見れば、リューネ・クリステルもまたアガスティアと同じような目で彼女を見ている。
その視線に気付いたらしいウァルハーリパルがぺこりとお辞儀をした。
「えすたーしゃせんせいのかわりに、あるけにあまどうがくいんのげんじょうをしさつにきました。うぁるはーりぱるともうします」
小柄な体で精一杯に頭を下げるウァルハーリパルの言葉に真っ先の行動を起こしたのはルフィアだった。いつの間にかウァルハーリパルの隣に陣取っていた彼は、小さな手をちゃっかり握りしめようとしたが、それは寸前のところで阻まれる。
「痛っ! いきなり何をするかな……普通殴るか?」
リューネがルフィアの手を払うようにして叩いたのだ。
ルフィアは叩かれた手をぱたぱたと振りながら、恨みがましそうな目でリューネを見た。
だがリューネはそんな彼を、大きな金色の目で睨み返す。
「この子に手を出そうったってそうはいかないよ。ミレーネたちが前に、アルケニアの魔道学院に行ったときのことを気にして来てくれた人なんだからね? くれぐれも変な気起こさないように!」
「ルフィアは変に惚れっぽいから、信用されてないんだよ、きっと」
ぽんぽん、とルフィアの肩を叩きながら、いまいちフォローになっていない台詞を吐いたのはアガスティアだった。だがタチの悪いことに、彼女にはひとかけらほどの邪気もない。
「うわー、なんだかもしかして僕って、みんなに嫌われてる?」
「え、なんでなんで?」
アガスティアは相変わらず自分の発言の迂闊さに気付いてはいない。
そんな彼女たちを、レヴィンは呆れるように見やった。
「おまえらな……話がこれっぽっちも進まないだろ……で、わざわざアルケニアまでやってきたのはまた何故なんだ?」
レヴィンに問われ、ウァルハーリパルは答えた。
彼女がアルケニアにやってきたのは、壊滅したとされるアルケニア魔道学院関係者たちの消息を確かめるため。そしてそれらを調査しているうちに、壊滅後の学院にミレーネたちがやってきたことを知り、無駄足を踏ませてしまったことを知ったのだ、と。
「もんのことは、りぱるたちもとてもかんしん(関心)をもっています。それにさいきんおきているじけんのおおくは、どこかでかんれんがあるのではないかとも……なので、おたがいのじょうほうをこうかんできないかとおもったのです」
そう言うと、彼女は伝書鳩を服のポケットから引っ張り出した。これで連絡を取り合おうということらしい。
シエナヒルトたちにとっても、それは悪くない申し出のように思われた。なにせ、魔道学院には六魔導師の一人であるエスターシャがついているのだから。○
その後、レヴィンはアガスティアの勧めのままに、シエナヒルトの元を離れていったミレーネと同行するに至る。
「あたしも行くつもりなんだけど、アガサは本当に残るんだね?」
リューネが問うと、アガスティアはこくりと頷いた。
「うん、本当はね、アガサもレヴィンお兄ちゃんと離れたくないし、ついて行きたいって思う。でも、アガサにはやりたいことがあるから」
シエナヒルトを勇気付けようと、彼女は決めていた。
だからレヴィンの後についていくことは出来ない。
「アガサはね、レヴィンお兄ちゃんの側にいるのにふさわしい人になりたいよ。守られるんじゃなくて、隣に立っていたいから。だから、それを目指すなら仕方ないんよね」
そんな彼女の頭を、リューネは軽く叩いてやった。
「隣、ね。ならいい加減『お兄ちゃん』はやめないとならないかもね」
原文で、ウァルハーリパルのひらがな口調一箇所だけ漢字が混じっていましたが、恐らくマスターの記入ミスだと思われるので修正しておきました。