平安兄氏絵巻


段の二 雪姫
今回はのお話ですの、にいさま。

雪が舞う
庫裏の中は姫の舞台
想い人へのおもてなし
華麗に舞って見せましょう
咲かせて見せます器の華
飾って見せます食の華
貴方の笑顔の御為に
姫の想いが届くまで

トントントン・・・サクサクサク
グツグツグツ・・・ジュージュージュー

今日も庫裏(台所)に食事の支度の音が響いています。

「姫様、姫様、如何でしょう?」

一人の尼僧が出し汁を小皿に取り、前掛けに襷がけ、紫紺の手拭いで髪の毛を纏めた少女に味見を頼んでいました。

少女の名は白雪。時の天皇の娘で、都の中に数多く建立されている神社仏閣のうち、天皇家にゆかりのあるお寺の一つに預けられていました。物心付いた時から調理器具に興味を持ち、母の料理を手伝い、技術を高めてきました。今では白雪の拵える精進料理の名声は、兄の勤めている宮中はおろか、都中に広まり、中には白雪の腕を見込んでこの寺に出家をしてしまう尼僧もいるほどです。庫裏にいる尼僧の中には何人かそう言った者もいました。

かくしてこの寺の庫裏は白雪が取り仕切るようになっていました。
白雪は野菜を刻む手を暫し休めると、尼僧の差し出す小皿を手に取り、色と香りをまず確かめます。

「う〜ん、鰹と昆布の合わせだしですの、いい香りですの。お味はどうかしら?」

どうやら色と香りは良好のようです。続いて出し汁を口に含みました。白雪の口の中にさっぱりとした上品な香りと、独特なコクが広がっていきます。白雪はうっとりした表情で尼僧に微笑みます。出し汁と言えば料理の中でも中核を成す大切な調味料、ここでしくじるわけにはいきません。

何故なら、今宵の夕餉は愛しい愛しい兄氏様が姫の料理を食するのですから・・・

今日は月に一度のにいさまの日。いつもは昼餉で終わってしまい、夕方にはお別れしなければならないのに、今日は特別。白雪のいるこの寺にお泊りをしてくれると言うのですから、頑張らなければなりません。いつもより精も出ようと言うものです。

「美味しいわあ。このお出しを使って煮込んだこの御煮付けをにいさまがお口に入れて、『美味しいよ』って言って頂いて、その後は、美味しい姫を・・・なんて・・・ムフン」

御付の尼僧たちがいる前にも拘らず、姫白雪は有らぬ想像を口にしては腰をくねくねと振っています。

「始まりましたわ・・・いつもに増しての妄想が・・・」
「ええ、姫様はあれが無ければ可愛らしい姫君なのに・・・」

ひそひそ話をしている尼僧たちでしたが、どうやら白雪の耳に通じてしまったようです。

「何かおっしゃいまして?姫にも聞こえましたの。」

楽しい(いけない)夢(妄想)の一時を邪魔されたと思った白雪は、御付の尼僧達をじろっと睨み付けます。一瞬肝を冷やした尼僧達は、その場を取り繕う為に何時もこう言います。

「姫様、そんなはしたないお顔を兄氏様にはお見せ出来ませんわよ。」
「ふん、にいさまには姫のすべてを見てもらいますの。

いつもならこれで引き下がる白雪でしたが、今日は一歩も引きません。険悪な雰囲気が庫裏の中に広まろうとしたその時、年長の尼僧が言った一言が白雪の気持ちを切り替えました。

「それに今宵は兄氏様が姫様の丹精込めた一品をお待ちです。お急ぎくださいませ。」
「そうですの。早くお出ししないとせっかくの夕餉が冷めてしまいますの!」

再び姫君は包丁を手に、俎板に向かいました。

それからと言うもの、白雪の指示で庫裏の中は一糸乱れぬ協力体制が出来上がり、半時もかかったでしょうか、見事に盛り付けられた姫君特製献立が仕上がったのです。

「出来ましたの!皆さん有難うですの!」

白雪はきれいに並べられたお膳を眺めつつも、みんなへの感謝も忘れません。

「さあ、兄氏様にお持ちくださいませ。」
「はいですの。」

白雪は両手でしっかりとお膳を持つと、愛しのにいさまが待つ客間に向かいました。

「にいさま!姫特製のお献立、お持ちしましたの!」
「ああ、楽しみにしていたよ。白雪。」

兄氏のその声と優しい笑顔は、白雪との今宵の楽しい一時を約束するものでした。

果たして想像の通りになったか否かは夢のまた夢・・・・


庫裏に舞う 雪の細指 紬たる 夕餉の献立 宴の華は
兄の笑顔に 勝るものかな

段の二 終幕。